3 確率空間の設定

前節で見たように、場合によってあいこが続いたり、 途中で人数が減り残った人数でやり直す、などのことがあるので、 ジャンケンの手を事象と考えると、 それぞれの場合により事象の集合が違ってしまうことになって うまく確率空間や確率変数の設定ができない (私が知らないだけかもしれない)。

ここではそのような方向はあきらめて、 勝ち残りの人数を確率空間のベースと考えることにする。 元々は $n$ 人から始め、 1 回目のジャンケンにより $n_1$ 人が勝ち残り、 2 回目のジャンケンにより $n_2$ 人が勝ち残り、 ということを繰り返し、 この勝ち残りの人数の組を確率空間の事象と考える。 あいこが続けば無限にジャンケンの試行が続く可能性もあるので、 この事象の集合は、$n$ 以下で非増加の無限自然数列全体

$\displaystyle \Omega_n
= \{\omega=(n_1,n_2,\ldots)\,\vert\,
1\leq n_j\leq n_{j-1}\leq n\ (j\geq 1)\}$
となる。なお $n_0=n$ とし、 $n_j$$j$ 回目のジャンケン後の勝ち残り人数、 最初に $n_j=1$ となるまでの回数 $j$ が求める終了回数となり、 その後はジャンケンは終わっているがずっと 1 が続く事象と考える。

さて、 $\omega=(n_1,n_2,\ldots)$ に対する確率であるが、 $m$ 人の 1 回のジャンケンで $k$ 人 ( $1\leq k\leq m-1$) が 勝ち残る確率 $p^{(m)}_k$ は、前節の考察と同様にして、

$\displaystyle p^{(m)}_k = \frac{{}_{m}\hspace{-.02em}\mathrm{C}_{k}\times{}_{3}...
... = \frac{{}_{m}\hspace{-.02em}\mathrm{C}_{k}}{3^{m-1}}
\hspace{1zw}(1\leq k<m)$
となり、あいこ、すなわち勝ち残りが $m$ 人である確率 $p^{(m)}_m$ は、 その余事象なので、
$\displaystyle
p^{(m)}_m
= 1-\sum_{k=1}^{m-1}p^{(m)}_k
= 1-\sum_{k=1}^{m-1}\frac{{}_{m}\hspace{-.02em}\mathrm{C}_{k}}{3^{m-1}}
= 1-\frac{2^m-2}{3^{m-1}}$ (5)
となる。なお、2 項定理により、
$\displaystyle \sum_{k=0}^{m}{}_{m}\hspace{-.02em}\mathrm{C}_{k} = 2^m$
であることに注意する。 さらに、
$\displaystyle
p^{(1)}_1=1$ (6)
と定義しておく。

これらにより、 $\omega=(n_1,n_2,\ldots)\in\Omega_n$ に対する確率 $P_n$ の値は、 $n_0$ から $n_1$ 人になる確率、$n_1$ から $n_2$ 人になる確率等々の すべての積となるので、

$\displaystyle
P_n(\omega) = P_n((n_1,n_2,\ldots))
= \prod_{j=0}^{\infty}p^{(n_j)}_{n_{j+1}}$ (7)
となる。あるところで $n_j=1$ となれば (6) により その先はすべて 1 となって (7) は 実質的には有限積となる。

そうでない場合は、ある 1 より大きい $m$ ($1<m\leq n$) が無限に 続くことになるが、この場合は (7) の式で (5) の $p^{(m)}_m$ ($0<p^{(m)}_m<1$) が無限に かけられることになり、その確率は 0 となる。 なお、これは $m$ 人のあいこが無限に続くことに対応する。 例えば、

$\displaystyle P_5((4,2,2,2,\ldots))
= p^{(5)}_4p^{(4)}_2\times\prod_{k=1}^\infty p^{(2)}_2
= 0
$
といった具合である。 よって (7) の値は 0 以上 1 以下の値を 取ることがわかる。

次に、すべての $\omega\in\Omega_n$ に対する確率 $P_n(\omega)$ の 値の和 ($=I_n$) が 1 となることを帰納法で示そう。

$n=1$ のときは、

$\displaystyle \Omega_1=\{(1,1,\ldots)\}
$
のみなので、
$\displaystyle I_1 = P_1((1,1,\ldots)) = \prod_{j=1}^\infty p^{(1)}_1 = 1
$
により成立する。

次に $n>1$ とし、 $I_1=I_2=\cdots =I_{n-1}=1$ が成り立つと仮定し、 $I_n=1$ となることを示す。

今、 $\omega=(n_1,n_2,n_3,\ldots)\in\Omega_n$$n_2$ 以降を $\omega' = (n_2,n_3,\ldots)\in\Omega_{n_1}$ としたとき, $\omega=(n_1,\omega')$ のように書くことにすると、 $\omega$ の最初の数値は 1 から $n$ までありえて、よって

$\displaystyle
I_n = \sum_{\omega\in\Omega_n}P_n(\omega)
= \sum_{n_1=1}^n \sum_{\omega'\in\Omega_{n_1}}P_n((n_1,\omega'))$ (8)
と書けることがわかる。 ここで、(7) より、
$\displaystyle P_n((n_1,\omega'))
= \prod_{j=0}^\infty p^{(n_j)}_{n_{j+1}}
= ...
...)}_{n_1}\prod_{j=1}^\infty p^{(n_j)}_{n_{j+1}}
= p^{(n)}_{n_1}P_{n_1}(\omega')$
となるから、(8) は
$\displaystyle
I_n
= \sum_{n_1=1}^{n} p^{(n)}_{n_1}
\sum_{\omega'\in\Omega_{n_1}}P_{n_1}(\omega')$ (9)
となる。ここで、$n_1<n$ に対しては帰納法の仮定により
$\displaystyle \sum_{\omega'\in\Omega_{n_1}}P_{n_1}(\omega') = I_{n_1} = 1
$
となるので、(9) の和のうち $n_1<n$ の部分の和については、 (5) より
$\displaystyle
\sum_{n_1=1}^{n-1} p^{(n)}_{n_1}
\sum_{\omega'\in\Omega_{n_1}}P_{n_1}(\omega')
= \sum_{n_1=1}^{n-1} p^{(n)}_{n_1} = 1-p^{(n)}_n$ (10)
に等しくなり、$n_1=n$ の部分は $p^{(n)}_nI_n$ に等しくなる。 よって (9) は
$\displaystyle
I_n = 1-p^{(n)}_n + p^{(n)}_nI_n$ (11)
となって、ここから
$\displaystyle
(1-p^{(n)}_n)I_n = 1-p^{(n)}_n$ (12)
となり、それにより $I_n=1$ が示される、となりそうである。 しかし (11) から (12) への変形は $I_n$ が有限値であることが保証されている場合にのみ成立するが、 今の段階では $I_n=\infty$ でないとは言えないので、 この論法は使えない。 すなわち、(11) は $I_n=\infty$ の場合も含め成立するが、 $I_n=\infty$ の場合は移項した式 (12) は成立しない。

よって、(9) の右辺の $n_1=n$ の部分を もう少し細かく見ることにする。 (11) の右辺の $I_n$ を元の形に戻し、 さらに一つ外に出した $p^{(n)}_n$ も元に戻して、

$\displaystyle
I_n
= 1-p^{(n)}_n + \sum_{\omega'\in\Omega_{n}}P_n((n,\omega'))$ (13)
とする。

さて、(13) の $n_1=n$ に関する和の部分は、 先頭から $n$ が何個続くかで分類し、$k$ 個続くもの全体の集合を

$\displaystyle U^{(n)}_k = \{(n_1,n_2,\ldots)\,\vert\,n_1=n_2=\cdots=n_k=n>n_{k+1}\}
\subset \Omega_n\hspace{1zw}(k\geq 1)$
とする。すると $\Omega_n$$n_1=n$ となる事象 $\omega=(n,\omega')$ は、 $U^{(n)}_1,U^{(n)}_2,\ldots$ のいずれかか、
$\displaystyle U^{(n)}_\infty = \{(n,n,n,\ldots)\}
$
に含まれることになる。しかし $U^{(n)}_\infty$ の事象は一つだけで、 しかもその確率は 0 だから考える必要はない。

今、$U^{(n)}_k$ に属する事象の確率の和を $J^{(n)}_k$ とし、 $\omega$$n_{k+1}$ 以降を $\omega'=(n_{k+1},n_{k+2},\ldots)$ と 書くことにすれば、

$\displaystyle J^{(n)}_k
= \sum_{\omega\in U^{(n)}_k} P_n(\omega)
= (p^{(n)}_n)^k\sum_{n_{k+1}<n}P_n((n_{k+1},n_{k+2},\ldots)$
となるが、この最後の和の部分は、$n_{k+1}<n$ に対する和だから、 丁度 $I_n$$n_1<n$ に対する和 (10) に等しい。よって
$\displaystyle J^{(n)}_k = (p^{(n)}_n)^k(1-p^{(n)}_n)$
となる。これの $k\geq 1$ に対する和が (13) のシグマの 部分に等しいので、(13) は
$\displaystyle I_n$ $\textstyle =$ $\displaystyle 1-p^{(n)}_n + \sum_{k=1}^\infty J^{(n)}_k
\ =\
1-p^{(n)}_n + \sum_{k=1}^\infty (p^{(n)}_n)^k(1-p^{(n)}_n)$ 
  $\textstyle =$ $\displaystyle 1-p^{(n)}_n + \frac{p^{(n)}_n}{1-p^{(n)}_n}\times(1-p^{(n)}_n)
\ =\
1-p^{(n)}_n + p^{(n)}_n
\ =\
1$ 
となって、これで帰納法により $I_n=1$ が示されたことになり、 $(\Omega_n,P_n)$ が確かに確率空間をなすことが確認できた。

竹野茂治@新潟工科大学
2025-09-08