3 変分法

2 節で、 通常の最速降下線の問題は、積分の式 (11) を 最小にする $f$ を求めればよいことがわかったが、 本節ではそのような $f$ を求めるための「変分法」について 説明する。

一般に、関数 $f(x)$ から実数の値を定める 規則を 汎関数 と呼ぶが、 今 (11) の右辺の汎関数を $I(f)$ と 書くことにする。

$$I(f) = \int_0^L F(f(x),f'(x))dx$$ (13)

なお一般には、$F$ が陽に $x$ に依存する場合もありうるが、 ここでは (11) の右辺のように、 $F$ が $x$ に陽には依存しない場合のみを考えることにする。

$f(x)$ は、境界条件 (5) により、 $f(0)=H$, $f(L)=0$ を満たす必要がある。

今、$\phi(x)$ を、$0<x<L$ で十分滑らかで、 $\phi(0)=\phi(L)=0$ を満たす関数とすると、 0 に近い実数 $\delta$ に対して $f(x)+\delta\phi(x)$ も $f$ と同じ境界条件を満たしている。

もし、$f$ が $I(f)$ を最小にする解だとすれば、 $I(f+\delta\phi)$ は、$\delta$ を動かして考えると、 $\delta=0$ のときに最小 (極小) になるはずだから、

$$I_0=\left.\frac{dI(f+\delta\phi)}{d\delta}\right\vert _{\delta=0}=0$$ (14)

となるはずである。この (14) を $I$ の 変分 と呼ぶ。 微分と積分の順序交換により、

$$\frac{dI(f+\delta\phi)}{d\delta} = \frac{d}{d\delta}\int_0^L... ...),f'(x)+\delta\phi'(x))dx = \int_0^L (F_f\phi + F_{f'}\phi')dx$$

となるから、$\delta=0$ とすると

$$I_0 = \int_0^L\{F_f(f,f')\phi + F_{f'}(f,f')\phi'\}dx$$

となるが、部分積分を使うと、

$$I_0 = \int_0^L F_f\phi\, dx +\left[F_{f'}\phi\right]_0^L ... ...i\, dx = \int_0^L\left(F_f-\frac{d}{dx}F_{f'}\right)\phi\, dx$$ (15)

となる。 ここで、 $\phi(0)=\phi(L)=0$ を用いたが、 実は最速降下線問題の場合、

$$F(f,f') = \sqrt{\frac{1+(f')^2}{2g(H-f)}}$$

なので、

$$F_{f'} = \frac{f'}{\sqrt{1+(f')^2}}\,\frac{1}{\sqrt{2g(H-f)}}$$

であり、これは $x=0$ で特異性を持つ ((15) が広義積分になる) ため、 本来は部分積分の境界値

$$\lim_{x\rightarrow +0}\frac{\phi(x)}{\sqrt{2g(H-f(x))}} \,\frac{f'(x)}{\sqrt{1+(f'(x))^2}}$$

は慎重に考えるべきだが、$\phi$ は $0<x<L$ 内に サポートを持つ関数、すなわち $x=0$ や $x=L$ の 近くでは完全に 0 であるような関数を取ればいいので、 その項はちゃんと 0 になると見てよい。

さて、(14), (15) より、 $x=0$ や $x=L$ (の近く) で 0 となるような任意の $\phi$ に対して

$$\int_0^L\left(F_f-\frac{d}{dx}F_{f'}\right)\phi\, dx = 0$$

が成り立つことになるが、そこから、

$$F_f-\frac{d}{dx}F_{f'}=0\hspace{1zw}(0<x<L)$$ (16)

が得られる。これを、汎関数 (13) の オイラー方程式 と呼ぶ。 これは、一般に $f$ に関して 2 階の微分方程式となるが、 $f$ が最速降下線の問題の解であれば、 オイラー方程式を満たすはずである。

なお、オイラー方程式 (16) は 最速解であるための必要条件であり、 オイラー方程式を満たす関数が必ずしも最速解を与えるとは 限らないことに注意する。 1 変数関数の極値問題でも微分係数が 0 というだけでは、 単なる極小であって最小ではないかもしれないし、 極小ではなく極大かもしれないし、 さらに極小でも極大でもない可能性もある。

しかし、汎関数の最小問題を、 微分方程式 (16) に帰着し、 具体的な関数を求めることを可能にする、 という点で、この方法 (= 変分法) は非常に優れた方法である。